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浦和地方裁判所 昭和35年(ワ)113号 判決

理由

一、本件自動車が登録された自動車であること、本件自動車について、原告が昭和三二年四月二日その主張の如き抵当権設定登録をし、同年七月二五日浦和地方裁判所に対して任意競売の申立をしたことは当事者間に争いがない。

証人大塚一夫の証言によれば原告は昭和三二年二月頃本件自動車を訴外南部魏に代金九七四、三七四円で売渡し、内金として金二〇、〇〇〇円を受領し、その際両者間で残金九五四、三七四円は約束手形を振出して割賦弁済すること、この支払確保のため右の如き抵当権を設定すること、一回でも割賦金の支払を怠つたときは抵当権を実行できる旨約したことが認められ、成立に争いのない甲第四号証及び証人南部魏および証人大塚一夫(一部)の証言によれば、同訴外人はその後割賦金の内金六四、五六四円の支払をしたのみで、その余の支払をしなかつたため、原告は右売買残代金八八九、八一〇円についての弁済を得るため前記の競売申立に至つたことが認められ、証人大塚一夫の証言中右認定に反する部分は右認定に引用した各証拠に照して信用できない。従つて原告には本件自動車に対し抵当権に基く競売権がある。

二、右競売申立当時本件自動車が訴外南部魏から被告に引渡されておつたので引渡命令及び廻送嘱託をした上、競売手続を進行中に、被告は本件自動車を原告が抵当権設定登録する前に訴外南部巍から買いうけて引渡も了しているから原告の抵当権に対抗できるとして、昭和三三年八月四日原告に対し抵当権設定登録抹消請求訴訟を提起するとともに所有権保全のため、右競売手続停止の仮処分を申請し、同旨の決定を得て競売手続を停止したこと、右本案訴訟において登録された自動車の所有権の得喪は登録のみをもつて対抗要件とされているから引渡のみでは原告の抵当権に対抗できないとの理由で被告敗訴の判決がありこれが確定したことは当事者間に争いがない。してみれば被告の被保全権利は本案の確定判決により存在しないものと確定したのであるから、被告が被保全権利がないのに敢えて仮処分命令を申請し、これに基づいて前示仮処分命令を得て執行をなしたことは特段の事情がない限り被告の過失による不当な執行であることは明らかであり、被告はこれによつて抵当権の実行を妨げられたため原告に生じた損害を賠償すべき義務がある。

三、しかして、右競売手続停止直前の昭和三三年七月二二日当時の執行吏による本件自動車の評価額が金五五〇、〇〇〇円であつたこと、および右本案判決の確定により右仮処分は失効したので競売手続を続行した結果、昭和三五年四月一四日本件自動車は金三〇〇、〇〇〇円で訴外大塚一夫によつて競落されたことはいずれも当事者間に争いがない。

被告は競売手続においては執行吏の評価額どおりに競落されるとは限らないから本件自動車の評価額金五五〇、〇〇〇円と競落代金三〇〇、〇〇〇円との差額金二五〇、〇〇〇円は競売手続停止期間中の値下りによつて生じたものとはいえないと主張するのでこの点について判断する。

証人小貫宝作の証言によれば昭和三七年七月当時同人が本件自動車を金五五〇、〇〇〇円と評価したのは本件自動車の年式、損傷の程度、走行キロ数等自動車業者の間で一般に評価の基準とされている事情を考慮した結果算出したものであり、又証人大原庫治の証言及び同人の証言と弁論の全趣旨によつて真正に成立したものと認められる甲第八、第九号証によれば、関東甲信越地区におけるトヨタ自動車関係の各販売店はトヨタ中古自動車販売株式会社において毎月一回定める中古車の標準下取価額を標準とし、通常稍これを下廻る程度の値段で中古車の下取をしており、他の自動車会社でも右価額を参考にし同様な中古車標準下取価額を決めてこれに従つて取引をしていたこと、前記評価の当時右会社が定めた本件自動車と同年、同型式の中古車の関東甲信越地域における標準下取価額は金五七〇、〇〇〇円本件自動車が競落された昭和三五年四月当時のそれは金三一万円であつたことが認められるので右金額と対比するときは右執行吏の評価額金五五〇、〇〇〇円および本件自動車の競落価額三〇〇、〇〇〇円はいずれも時価相応の妥当は価額であると認めることができる。従つて被告の競売手続停止の仮処分が執行されず右執行吏の評価当時遅滞なく本件自動車が競売されたとすれば少なくとも右評価額に相当する金五五〇、〇〇〇円で競売できた筈であるというべきところ仮処分が失効して昭和三五年四月一四日に競売されたときは本件自動車の競落価額は時価相応の金三〇〇、〇〇〇円(これらの金額は被担保債権の範囲内であること明かである)であつたのであるから、特段の事情の認められない本件においてはその差額の金二五〇、〇〇〇円は被告の不当な仮処分の執行により、抵当権実行のための競売手続が停止されたことによつて生じた損害というべきである。

被告は本件自動車の価額の低下は仮処分当時被告の予見し得ない特別の事情によつて生じたものであるから被告に賠償責任がないと主張するが、自動車の価額の如きは一般に年式が古くなるに従つて下落し、又モデル・チエンヂも一定の年数毎に行なわれてその都度旧モデルの自動車の価額が下落することも、むしろ事物の性質上当然のことであつて、その値下りによる損害は通常生ずべき損害というべきであるし、被告主張の需要と供給のバランスの変動はこれを認めるに足りる証拠は何もないので、結局前記損害は通常生ずべき損害と認める外はない。

四、次に被告主張の無過失の抗弁について判断するに被告は前述第二項記載の如き理由で仮処分をしたのが権利の行使であつてなんら過失がないというが、被告は原告の本件自動車に対する競売手続を仮処分命令によつて停止するなんらの原告に対抗できる被保全権利を有しないのに拘らず敢えて仮処分命令を申請したものであるから被告において仮りにその権利があると信じてその申請に及んだものとしてもこれは法律の規定を知らないか又は誤解したことに基づくものであつて、被告の過失に出でたものである。しかして被告が右申請により前示仮処分命令を得てこれを執行した以上、この執行もまた被告の過失に基づくものであつてこの理は仮処分命令が裁判所の判断を経て発布されることの性格によつて影響を受けることはないというべきである。又被告は右の仮処分は弁護士稲沢清起智の意見に従い、すべてを同弁護士に委任したもので、被告の地位にある者の通常有する法律知識では判断できないことがらであり、弁護士に意見を聞いた上で本件仮処分をなしうるものと信じた被告に過失はないと主張するが、これらの点についてなんらの立証がないのみならず、自動車の取引をなす者は、その所有権の取得を第三者に対抗するために登録を要することは当然知り、もしくは知り得べき事柄であつて、特に専門的法律知識を有する者においてはじめて知り得る程度の事柄ではないから弁護士の意見を求めたとしても過失の責は免れないからこの点の被告の主張は採用できない。

五、最後に過失相殺の主張について判断するに本件仮処分は本案訴訟の提起とともになされたこと前述第二項記載のとおりであるところ、原告は右本案訴訟に応訴し、被告もまた争つている本件の如き事情の下で、原告が仮処分を解放するために事実上被告に交渉せず、或いは仮処分異議の申立をしなかつたからといつて原告に過失があるということはできないし、又原告は訴外南部巍が残代金を支払わなかつたため競売申立に及んだものであることおよび本件仮処分当時においても同人が全く残代金の支払をしていないことはいずれも前述のとおりであつて、証人大塚一夫の証言、同南部巍の証言の一部を綜合すると、原告は任意競売の申立後も社員をして、訴外南部巍に対し、川口市原町一一四番地の当時の右訴外人の住所に赴かしめ、再々自動車売買代金債権の催告をしたが、弁済してもらえないのは勿論、右訴外人にも会えず、満足な回答も得られなかつたことが認められ、右南部巍の証言中の同人が原告会社に代金の一部を弁済のため持参したとの供述は信用できない。従つて過失相殺の主張は採用できない。

右の事実によれば被告は原告に対し金二五〇、〇〇〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日たること本件記録上明らかな昭和三五年五月一一日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

よつて原告の被告に対する本訴請求を全部認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を、仮執行の宣言について同法第一九六条第一項を適用して主文のとおり判決する。

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